時の移ろいのなかで立ち現れては消えていくサウンドスケープの体験・把握にとって「現場への訪問」は重要です。また、確認すべき対象が「鳴り響く音」を超えて、特定のサウンドスケープ体験を記録するテキストや写真等のメディアそのものに及ぶこともあります。 いずれにせよ、山や海、都市や村、さまざまな現場でその場の音や気配に身を浸したとき、またそこで出会う人々との会話等を通じて、新たな思索や論考が展開します。

●日本への導入・紹介

日本人はもともと、日々の暮らしのなかで豊かな音の文化を育んでいました。しかし近年、そうした感性文化が(それを育む環境と共に)急速に失われつつあります。そのため、サウンドスケープという用語とその考え方をキーワードとして、R.M.シェーファーがその環境思想、それに基づく広義のデザイン活動の必要性を説いたThe Tuning of the World (1977)を邦訳したのが『世界の調律』です。初版(1986)、普及版(2006)、新装版(2022)と3回にわたる「あとがき/解説」を読み比べていただくと、サウンドスケープ論の位置付けがその21世紀的意義も含めてご理解いただけます。

一方、サウンドスケープについての体験的把握と理解のために役立つのが同じくシェーファーによる『サウンド・エデュケーション』初版(1992)とその新版(2009)があります。その内容は「音の世界を通じて、身近な環境と自由で豊かな関係を取り結ぶための100の課題」で、それらはいずれもシェーファーが主張する「内側からのサウンドスケープデザイン」に繋がります。また、日本での出版のほうが英語版より数ヶ月早いという(サウンドスケープと日本の文化との親和性を物語る)興味深い事例であると共に、英語版には無い解説(サウンドエデュケーションについての論考)も付いています。いずれにせよ、シェーファーのサウンドスケープ論の理解は、『世界の調律』と『サウンドエデュケーション』とが一体となって初めて可能となると言えます。




●エッセイ・用語解説

シェーファーによれば、サウンドスケープデザインは、最終的には専門家による「上からのデザイン」ではなく、社会を構成する私たち一人ひとりによる「下からのデザイン」であるべきです。そうした考え方を踏まえて続けてきたものに「音の風景」をテーマにした各種雑誌へのエッセイ等の連載執筆があります。 『サウンドスケープの詩学:フィールド篇』(2008)は、1999年から5年にわたり「のこしたい日本の音風景」の現場を訪れながら重ねた思索をまとめたものです。これは『教育音楽:小学版』に連載したもので、主な読者は全国各地の音楽の先生たちでした。

同じく「特定の専門分野に向けた普及活動」としては用語解説があります。これまで執筆した「サウンドスケープ」という用語解説のテキストは、社会学や美学、建築や造園をはじめとする各分野の事典・辞書類や専門雑誌の用語紹介欄等に掲載されています。このようにサウンドスケープの考え方は、専門家たちへの戦略的な働きかけを通じて、多くの人々に共有されていくものであると同時に、各専門領域においても新たな研究活動を生み出します。




●研究・論考

共編著としてまとめた最初期のものは『波の記譜法:環境音楽とは何か』(1986)。作曲家・芦川聡の遺稿や解説付きのディスコグラフィーも含め、環境と音楽との関係をさまざまな立場から問い直す論考を広く集め構成したものです。また、美学者・谷村晃先生(日本サウンドスケープ協会会長/当時)と手がけた雑誌の特集号『現代のエスプリ:サウンドスケープ』(1997)は、90年代後半のサウンドスケープの位置付けが分かる内容となっています。

1980年からのカナダ留学は、サウンドスケープ概念を生んだ社会とその風土を知るためのある種のフィールドワークでした。R.M.シェーファー個人とその活動母体としてのWSP[World Soundscape Project]の調査を通じてサウンドスケープ概念が成立・深化したプロセス等を明らかにした『サウンドスケープ:その思想と実践』(1997)には、この時期の調査研究活動の成果を凝縮しています。そのため、留学前のサウンドスケープ概念との出会いと、帰国後のデザイン活動の実践については、同書に盛り込めなかったことも多々あります。

帰国後、個人で最初に手がけた調査は埼玉県の大宮をフィールドにしたものでしたが、ほどなく当時働いていた東京YMCAのある神田を拠点に、仲間たちと共に「神田サウンドスケープ研究会」を立ち上げることになりました。この研究会の活動成果をもとに執筆したのが「音の風景からたどる都市」(『21世紀の都市社会学 第3巻 都市の読解力』所収, 1996, 勁草書房)です。

「火の見櫓からまちづくりを考える会」によるフィールドワークに参加してまとめたのが「半鐘のサウンドスケープ」(『火の見櫓:地域を見つめる安全遺産』所収, 2010, 鹿島出版会)、また地元善福寺での日々の暮らしにおける諸活動から執筆したのが「音風景史試論」(『水都学III』所収, 2014, 法政大学出版局)です。

一方、明治時代初期、お雇い外国人の一人として来日したエドワード・モースにが記した『日本その日その日』を「耳の証人」とした論考「音の風景:モースが聴いた明治の音」(『日本史の環境 (日本の時代史29)』所収, 2004, 吉川弘文館)は、文献調査等に依拠するサウンドスケープ研究が成立し得ることを示しています。

「デザイン」をキーワードにした論考、「音環境デザインの地平とその手法」(『環境をデザインする』所収, 1997, 朝倉書店)と『くらしとデザインの本:これからのデザイン』(2009, 日本デザイン機構編)とではその内容が大きく異なりますが、いずれの論考も「サウンドスケープの考え方」をベースとしています。つまり、音環境デザインを地域環境計画として展開する必要性を論じている前者に対し、後者は「音」というテーマを超え、地球環境そのものを視座に入れた21世紀的デザイン論となっています。「音環境デザイン」から「暮らしのデザイン」という論点の変化・拡大は、サウンドスケープとデザインという二つのテーマについての思索の深化であると同時に、その背景には20世紀後半から21世紀にかけての時代・社会・思潮等の変化もあるのです。

また、青山学院大学総合文化政策学部への移籍を契機に開始して以降、継続・展開している<SCAPEWORKS 百軒店-円山町>の成果のひとつとして、分担執筆者兼監修者として『渋谷円山町に生きる 料亭三長』(2024, 料亭三長)という書籍をまとめました。神泉・円山町という土地の力を踏まえた「生き物としての都市・建築論」にもなっています。一方、やはり2010年から現在に至るまで故郷の土地で続けている<池の畔の遊歩音楽会>について、その10年間の歩みを中心にまとめた共著が『触発するサウンドスケープ―<聴くこと>からはじまる文化の再生』(2024, 岩波書店)です。

海外で出版された本に掲載された論考としては、立山博物館野外施設音環境計画を紹介した “A Reclamation of the Sonic Geography of Mount Tateyama Through the Design of the Tateyama Field Museum” in Sonic Geography – Imagined and Remembered (2002), 瀧廉太郎記念館の音響計画を「音の庭 [Soniferous Garden]」というコンセプトで紹介した”A Soniferous Garden of Rentaroh” in Hearing Places 2007があります。また、サウンドスケープを「広義の音楽」と位置付け、彼女が愛した二つの音楽からイギリスの作家、ルーシー・ボストンの生涯を論じた”Lucy Boston and Two Musical Concepts” in Lucy Boston〜An Artist in Everything She Did, 2021等があります。











●フィールドワーク

サウンドスケープ調査は、ときに個人を超えたグループや研究団体(組織)を必要とします。神田サウンドスケープ研究会(サウンドスケープをテーマにした日本における最も初期のグループ)もそのひとつです。トヨタ財団による「第4回 身近な環境を見つめよう研究コンクール」に参加し、同財団に対して『神田のサウンドスケープ:その歴史と現状』と題し「予備研究報告書」(1986)「本研究中間報告書」(1987)「本研究最終報告書」(1988)という三つの報告書を作成・提出しています。

その後、同じ神田を拠点として立ち上げたのが「サウンドスケープ研究機構」でした。研究助成を受けた住宅総合研究財団に対しては「聴覚的景観からとらえた建築と街なみに関する基礎研究(1)(2)(『住宅総合研究財団:研究年報No.16 1989, No.70, 1990所収』を、また「駅の音環境改善計画についての評価と今後の対応に関する調査:新宿駅・メロディベルを中心に」(1990)を調査委託を受けたJR東日本と長銀総合研究所に作成・提出しています。また、富山市の中央通りの賑わい再生に向け、依頼を受けた共同組合「中央商栄会」に『中小商業活性化事業(音環境調査・計画事業)報告書:ひびきとしての商店街』(1991)を、また音楽をテーマにしたまちづくりに力を入れる静岡県に対して「音楽公園」という構想を提言し、財団法人静岡総合研究機構を通じて『静岡県音楽公園(仮称)基本構想策定調査報告書』(1990)と『静岡県音楽公園基本計画策定のための調査事業報告書:企画・経営編』と『同資料集』(1991)、また財団法人日本システム開発研究所を通じて『静岡音楽公園企画運営のための基礎調査』(1992)を提出しています。

一方、藤沢市景観審議会委員への就任以来、当時「特別景観形成地区」と歴史的に豊かな音文化を形成してきた江ノ島に関心をもち、島をフィールドにしたサウンドスケープ調査を行いました。その成果の一部を1998-99に参加していた科研グループに報告しまとめたのが「聴覚的景観の保全:江の島を事例として」『メタ環境としての都市芸術―環境美学研究』(2000)です。